2012年08月07日

ナイル川のヌビア人

 
ナイル川のヌビア人

熱風の砂嵐
階段状のピラミッドの原型
三千年前と形を留めぬ
王の門、王の道は砂嵐に残る
それは地中にまで残るのか
残る執念やピラミッドにスフィンクス
石棺にミイラとなりて人体も記録として残す
ヒエログリフは記録にして残る
麦畑は延々と広がりて
夜に船による月影さして
ナイルの岸辺の神殿の神秘
ナイルを上るかなたに
褐色のヌビア人
ファルカ-を操る
ここはアフリカの黒人の国
アフリカは人類発祥の地か
アフリカの奥地はさらに広い
エジプトの一大王国の歴史
神々がここに生きたのか
神々の像が佇立する
三千年の歴史の刻まれぬ
ヌビア王国の歴史は古い
ブラックファラオの像の残りぬ
その勲しは今も誇りか
ヌビとは黄金の意味
ヌビアの黄金はエジプトに眩く輝く
砂漠の熱風と砂嵐に
ラクダに乗りアラブ人になり
アラ-の祈りはひびきわたる
かつてロ-マの支配はここまで及ぶ
ロ-マ兵がここに駐屯す
アフリカヌスとは蝦夷とつく名と同じか
黒人は貢ぎ物としてロ-マへ
褐色の肌のヌビア人
その出会いはまことなりしも


ヌビア (Nubia) は、エジプト南部アスワンあたりからスーダンにかけての地方。古代エジプト語のヌブ(金)から古代ギリシア・ローマ人がそう呼んだのが始まり。アラビア語ではヌーバ。ヌビア語はレプシウスにより「黒人との混血」、ライニシュにより「原ハム語」

もともとエジプトとヌビアは同一の祖先から別れた国であった。ヌビアは古代から金や鉄、銅などの鉱物資源に恵まれ、エジプトにとって重要な役割を担ってきた
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8C%E3%83%93%E3%82%A2


ここが詳しい
http://nationalgeographic.jp/nng/magazine/0802/feature01/


ヌビア王国は一時は強国としてあった。それは日本の蝦夷ともにていた。蝦夷(エミシ)は異民族集団でもあり大和政権に恐れられた。


天皇(すめろき)の御代(みよ)栄えむと東(あづま)なる陸奥山(みちのくやま)に黄金(くがね)花咲く (大伴家持 巻第18・4097)


黄金の産地として蝦夷があった。ただヌビア王国の方がエジプトの王ともなったのだから強国となった。ともかくあの辺の歴史は古い、人類の祖先がアフリカだったというのもわかる。いづれにしろヌビア人の案内でファルカ-にのったのは最高に気持ちが良かった。テレビで見たのではない現物とあったということが感動だったのである。感動は本物と合わない限り生まれない、アフリカには行けなかったのは残念だがアフリカの一部には行ったことなになる。

 


 

posted by 老鶯 at 10:23| Comment(0) | エジプト
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